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認知症の方が在宅生活を続けるには様々なハードルがあります。なかでも女性に多いのが「火の心配」です。若いころから調理していきたためか、認知症になっても継続して台所へ向かいます。

ただ、火をつけても時間の経過とともに忘れてしまい、気が付いたときには家中が煙まみれというエピソードも耳にします。 この問題は当人だけでなく近隣住民も巻き込んでしまう危険があるため、放置できないケースでしょう。

しかし、認知症を発症したからといって長年続けてきた調理が出来ないようにしてしまうと本人の能力を奪うことにも繋がりかねません。

周囲の視線もあるなか、在宅生活を続ける認知症高齢者が、いかに安全に調理が出来るか。火事などのリスクを軽減・回避することが出来るか。以前受けた相談のなかから、留意すべきポイントについてご紹介します。

 

ケースの概要

以下が、実際に相談を受けた事例の概要になります。

【ケースの概要】
◆Aさん(本人) 90歳 要介護2
◆Bさん(甥)  70歳 他県在住

Aさんは90歳という年齢で、かつレビー小体型認知症という診断を受けていましたが1人暮らしをしていました。洗濯や買い物、排泄など身の回りのことは何とか自力で出来る状態でしたが、鍋を焦がしたり煙が家中に充満するなどの火の元について危なっかしい部分はありました。

たまに甥が来て買い物などへ出掛けているそうですが、70歳で他県に住んでいることもあり頻繁に足を運ぶことはありません。Aさんの夫は既に他界しており、子供も産んでいないため、唯一の身内はBさんだけです。

Bさんが契約した配食弁当の業者から、「配達で伺った際に焦げついた臭いがした。上がらせてもらうと味噌汁が焦げていた。」と連絡があり、私たちもAさんに介入しました。

Aさんは朝・夕と配食サービスで食事をしていましたが、昼や、それ以外のもう一品を作ろうと調理することがあります。ほぼ毎日のように火を使っており、別のセンター職員が訪問した際も、点けた火を忘れて探し物をしていたそうです。

Bさんとしても高齢の伯母が1人で生活していること自体辞めさせたいそうですが、本人も自宅で生活を続けたいと主張するため強く言えません。また、近隣住民から「私たちにも被害が及ぶから火を使わせないでほしい。」と怒り口調の電話がBさんに来たこともあったそうです。

火を使わせないようにコンロを撤収しようと考えたそうですが、本人の能力を奪うことにも繋がるため認知症が進行するのではないかと危惧しています。しかし、万が一の事態になったら自分にも責任が及ぶという思いのなかで葛藤していました。

認知症と火の問題は私のセンターでも多く相談を受けます。この問題は、本人の命や家、さらには周囲にも危険が及ぶという点にあります。そのため周囲も厳しい視線を送ります。

ただ、Bさんも頭を抱えていましたが、「危ない=使わせない」という考えは良いのでしょうか。使わせないことは簡単ですし、なにより安心に繋がりますが、本人の能力を奪うことになります。 難しい問題ですが、どのようなポイントに留意すべきでしょうか。

(リンク)認知症への対応で大切なこと

(リンク)認知症の症状と心掛けてほしいこと

 

何が出来ているのかを整理する

認知症=何も出来ないという認識が少なからずあります。私の身内に「グループホームに入居している方でも調理をしている」と伝えると驚いていました。「危険じゃないのか。」「美味しくない食事しか出来ないんじゃないか。」などと言います。

そんなことはありません。認知症を発症しようが出来る事は沢山あります。ただ、生活の場を在宅にするのか老人ホームにするのか。いずれにせよ本人の能力を整理する必要があります。

Aさんの場合、調理に関して出来ることは以下の通りです。

【Aさんが出来ること】
◆包丁で食材を切る
◆味噌汁や簡単な炒め物を作る
◆不要な食材は入れない(そういった判断が出来る)

整理すると、いつも作っている味噌汁などは美味しく作ることが出来ています。それでは反対に出来ないことを整理してみます。

【Aさんが出来ないこと】
◆火を点けたことを忘れる⇒焦がす原因は全てこれ
◆味噌汁や簡単な炒め物以外は作ろうとしない
◆適量を作ることはできない

このように整理していくことで、いつも行っている調理であれば支障なく作っている事がわかりました。また、鍋が焦げる原因は調理中であることを忘れるという初歩的なものでした。

ほぼ予測通りでしたが、一旦整理したことで、問題が明るみになりました。そのため、「火を忘れても大丈夫な状況」を作り出すことが出来れば火の元に関する問題はクリア出来るのではないかと考えました。

IHコンロを導入した

火に関して無茶なことはしないことがわかったので、今まで使っていたコンロを破棄してIHコンロ(1口のタイプ)を購入しました。

その製品は熱が加わりすぎると自動的に消える性能がありましたが、多量の煙が出るほどに熱せられないと発動しませんでした。そのため、自動消火装置(煙を探知すると水が出る)も購入。これらを併用すれば火を放置しても火事になる心配は一切ありませんでした。

IHコンロを導入すればOKと思いがちですが、商品によって性能がマチマチです。また、使用する人の残存能力や調理方法によって相性がありますので、必ず、ご本人と製品の能力を確認しておきましょう。

Aさんのケースでも、Bさんと一緒に家電量販店に足を運び、店員に無理を言って試させてもらいました。ただ、この工程が非常に重要だったと思います。

 

「本人の出来ること」に焦点を当てる

先程の話にも通じますが、本人の能力を最大限に活かしていく視点が大切です。「無理だ危ない」と言って全て奪い取ってしまうのは簡単です。

しかし、ご本人の尊厳はどうなるでしょうか。認知症の方に尊厳はないでしょうか。 そんなことは決してありません。介護が必要になろうが認知症を発症しようが変わりません。「在宅生活は無理だから老人ホームに入れよう!」と思うことは簡単ですが、ご本人が拒否されているようであれば、「いかに安全に生活を続けることが可能か」という視点で捉えてみてください。

ただ、整えた支援体制に上手く乗っかって生活出来たとしても、やはり高齢者です。ある日急変して状態が変わることもしばしばあります。不測の事態に備えるための策はいくつか用意しておきましょう。老人ホームへの入居も考えられますので目星は付けておく必要があります。

 

Aさんのその後

介護保険を申請した結果、要介護2の認定が下りました。そのため週4回のヘルパーに掃除という名目で見守りをしてもらう事にしました。

また、その①の実験の結果、IHコンロと自動消火装置を併用することで、Aさんが引き続き調理できる環境を整えました。炎が出なくなるため使わなくなるのではと危惧しましたが、問題なく調理していました。ここの部分に関してはしっかりと本人の能力と製品の見極めをしたことが良い結果に繋がったと考えています。

ヘルパーが入ったことで生活は一気に安定しました。週に4回は人が来て状況を把握してくれますので、何か異変があってもすぐに対応できます。また、自宅で生活出来ない事態が急に訪れても対応できるように、Bさんの方で老人ホームを探しているそうです。

認知症になっても「出来る事」に視点を向けて考えていった結果が、Aさんの今に繋がっていると思います。

(リンク)【お悩みコラム①】施設を拒む認知症の母を入居させるには

(リンク)【お悩みコラム⑨】遠くに住む親の生活が心配